東京高等裁判所 昭和40年(ネ)893号 判決 1966年11月22日
控訴人
田所松之助
右訴訟代理人
阿部民次
被控訴人
漆原不動産株式会社
右訴訟代理人
竹内竹久
外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金四〇万円及びこれに対する昭和三六年六月二一日以降完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、授用、認否≪省略≫
理由
控訴人を売主、被控訴人を買主として昭和三六年五月一六日土地建物の売買契約が成立したこと、その内容は目的土地の範囲を除き控訴人主張のとおりであること、同月二三日所有権移転登記と引換に被控訴人は控訴人に代金中六八五万円を支払い、残金四〇万円は控訴人が本件土地建物を明け渡すと同時に支払う約定がなされたこと、同年六月二一日控訴人は被控訴人に対し売買目的たる土地建物を明け渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。
右売買の目的中土地の範囲については、当裁判所も原審の認定と同じく、控訴人所有の本件土地(原判決添付目録記載)のほか本件市有地(宅地一二・二五坪及び畑一〇歩)が含まれた一団の土地と認めるものであり、その詳細については、証拠として成立に争いない乙第四号証及び当審における被控訴会社代表者本人尋問の結果を加えるほか、原判決理由第一項の四行目「本件売買契約の」以下同項末尾から三行目「信用できない。」までと同旨であるから、この部分を引用する。甲第一号証中の物件の表示に本件市有地の記載がないからといつてたやすく右認定を動かすに足りず、また当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。
そこで被控訴人の抗弁についてみるに、被控訴人主張のように、本件市有地の払下代金等を残代金より差引く旨の合意が当事者間に成立したことは、本件全証拠をもつてもこれを認めることができない。よつて以下相殺の抗弁について検討する。
<証拠>を総合すれば、被控訴人は本件売買成立後一カ月ないし一カ月半ぐらい経つた昭和三六年六月中に、はじめて売買目的地のほぼ真中を貫通して本件市有地の存在することを知り、控訴人にその責任を追究し、市川市から払下を受けて売渡を履行すべき旨を求めたが、控訴人は本件市有地は売買の目的外であるから控訴人において払下を受けるべきだと極力主張し、それには若干協力する行動にも出たが、控訴人による払下はあくまで拒否してらちが明かなかつたこと、被控訴人は、本件市有地の位置からみてこれを入手しなければ買受地の価値が激減することが明らかであるし、控訴人の態度から結局は被控訴人自身払下申請をせざるを得ないことを予知して、おそくも昭和三六年七、八月ごろには控訴人に対し、払下に要すべき費用その他の損害を受けるべきことを主張して本件売買残代金四〇万円の支払を拒否し相殺の意思を表示するに至つたこと、かくして昭和三七年に正式に被控訴人において本件市有地の払下を市川市に申請し、ようやく同三八年八月一五日払下を完了し、その代金四〇万五〇〇円を市川市に支払つたことを認めることができる。原審と当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。
以上の事実によつてみると、昭和三六年七、八月当時、控訴人が本件市有地の払下を受けた上で被控訴人に売渡を履行することは、理論上絶対的不能とはいえないにしても、被控訴人が不動産会社であつて早期に本件市有地を入手する必要が強いと考えられるのに控訴人が払下を拒否していることから、その履行を請求して実現を待つことは困難と認められること、しかも被控訴人が控訴人所有の本件土地を買い受けその登記を経た以上これにはさまれる本件市有地は被控訴人が直接払下を受けるのが最もスムーズな道であること、民法第五六四条の趣旨からいつても売主の担保責任はなるべく早期に決着をつけるべきものであることからみて、前記日時ごろには本件市有地を控訴人において払下を受けた上これを被控訴人に売り渡すことはすでに取引観念上不能に陥つたとみて、売主としての控訴人に民法第五六三条による担保責任を負わせるのが相当である。しかして右担保責任によつて発生した被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権における損害額とは結局払下に要する相当な経費にほかならないが、その後現実に払下げられた際の代金四〇万五〇〇円は市川市との間で定められたもので相当な価格と認められるので、右が損害額であり、これをもつて本件残代金四〇万円と対当額において相殺され、控訴人の被控訴人に対する右残代金債権は消滅したものと認めざるを得ない。なお控訴人は右事実のもとにおいては他面債務不履行の責を負うと解する余地があるが、債務不履行ともなりうることは担保責任を必ずしも常に排斥するものではないから、この点は右担保責任に消長を来たさない。
控訴人は商法第五二六条の検査義務違反の主張をするが、控訴人が本件市有地の存在を本件売買当時から知つていたことは原審、当審における控訴人尋問の結果によつても認められるところであり、控訴人は本件市有地が売買目的物に含まれないというにすぎないのであるから、それが含まれるという前記認定のもとにおいては控訴人は商法第五二六条第二項にいう悪意の売主となるから、同条第一項は適用されず、控訴人の主張は理由がない。
よつて控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 浅賀栄 小堀勇)